やっぱり「ひとりの時間」は必要


ボクが「ひとりの時間」が必要だと感じるのは、次に挙げる4つの理由からです。

  • 自分を癒すため
  • 時々立ち止まって自分の声を聞くため
  • 自分を磨くため
  • 出会いのきっかけを増やすため

一つずつ、お話します。

自分を癒す

自分以外の人と一緒にいると、すべて自分の思い通りに行動することはできません。
自分で考え、自分のしたいことをすることは、日常のストレスを軽減するために時には必要だと考えています。
ボクの場合、「少しひとりになりたい」と思ってそうした時間を過ごした後は、無性に人恋しくなります。
そうしてまた元の生活に戻ることができます。

時々立ち止まって自分の声を聞く

自分の声って何?

これから何かしようという時、「ワクワク」したり「ゆううつ」になったり。
誰かと話している時、「楽しい」と感じたり「なんかイヤ」と感じたり。
なんとなく感じる違和感も。
ボクはそんな胸のあたりに自然にわいてくる感情が、”自分の声”だと思っています。

あなたは今、どんな気持ちでこのブログを読んでくれていますか?
「ここでそんなこと聞かれても・・・」って思ってます?
難しい質問をしてしまったかもしれませんね、ごめんなさい。

ボク自身、過去を振り返ると、世間の常識、自分の理想像、誰かの期待やプレッシャーなどを意識するあまり、こうした声を無視していた時期がありました。
そもそも、”自分の声”なんてものを意識したことはありませんでしたし、考えようという気にもなりませんでした。

自分の声を聞くことが大切だと考えるようになったのは、身体を壊して、そこからさらに弱って、もっともっと弱って、身も心も弱りきってからのことでした。

なぜ自分の声を聞く必要があるのか

こんな話をしても、あなたはピンとこないかもしれません。
でも、こんな経験はありませんか?

試験や面接の前に緊張してお腹が痛くなった。

人前で恥ずかしい思いをして、顔が赤くなり、汗が吹き出してきた。

心の状態と身体の状態は密接に関係していることは疑いようもありません。
たとえ、そう考えないようにしても反応してしまうものではないでしょうか。
身体は正直です。

こうした事が積み重なって、大きく悪い方に出てしまったらボクのように大変な思いをします。

ボクは、自分の心の声に従うことは、自分以外の誰かのアドバイスに従うよりも、自分にとって最適な解を導き出せる可能性が大きいと考えています。
本や偉い人の話もありがたく聞かせてもらいますが、最後はなるべく自分の体験や第六感を元に判断を下すようにしています。
学問は事象を解析するなどして現時点で普遍とされるものを体系化したものですが、すべてが解明されているわけではありません。
前提が違ったり、例外が現れたら、それまで常識とされていたことが一瞬でひっくり返ることもあります。
だからボクは、自分の脳があらゆる局面を瞬間的に処理して返してくれる「気持ち」という判断材料を一番信用するようにしています。
たとえ、今それを理屈で説明できなくてもです。自分が忘れているところ、意識の深いところに判断材料があるかもしれませんから。

あなたはどうですか?
人の言うことを聞いてみたけれど、後になって「やっぱり自分が思った通りにやっておけばよかった」なんて思ったことはありませんか。
自分のことを一番よく知っているのは自分です。
間違った方に行かないため、また、無駄な努力をしないために、あなたも一度立ち止まって自分の声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
たとえ、今がどうしようもなく充実していると感じていたとしても。
ほんの一片でも自己矛盾を感じていることはありませんか?
考えないようにしているもの、逃げているものはありませんか?
無ければ大丈夫。
でも、もしあったら。
その小さな一片が、将来、あなたを壊してしまう時限爆弾かもしれません。

自分を磨く

ボクの自分磨きを挙げるなら、本を読んだり、パンを焼いたり、泳いだり、筋トレしたりでしょうか。

過去と今の違うところは、それをする理由です。

過去のそれは、自分のためだけ。
理想の実現や、他人との競争に勝って自分をアピールするためでした。
今思うと、恥ずかしくなるくらい青かった。
その頃の自分は、建前だけの人間関係しか築けず、大勢の中にいても孤独でした。

今はどうでしょう。
自分のためでもありますが、同時に、自分とつながっている人のためになればとも思っています。

本を読んで知識を得たり考えたりすることは自分のためになりますが、人に伝えることで役に立てるかもしれません。

パンを焼くのは、パン作りが好きだし、自分が美味しいものを食べたいという気持ちもありますが、同時に、大切な家族に喜んでもらいたいと思ってやっています。

泳いだり筋トレしたりするのは自分が健康でいたいためでもありますが、ていたらくな自分をさらして一緒にいる人を不快な気分にさせたくないとも思うからです。

他人と競争するためでなく、手の届くところにいる誰かの役に立つために自分を磨こうと思うようになってからは、「人に喜んでもらうことで自分も嬉しくなって」と、良いスパイラルに入ることができました。

もちろん、すべてうまくいっているわけではありません。
自分に合わないと感じながらも仕方なく関わっているコミュニティもあります。
このコミュニティの持っている機能だけ借りたいからです。
そこでは、申し訳ないのですが、役に立って喜んでもらおうなどとは思いません。
いずれ、そこは離れるでしょう。
自分の軸がはっきりしている今は、何が必要で何が不要か迷うことはとても少なくなりました。

出会いのきっかけを増やす

仲の良い友人と一緒にいると楽しいし安心できるものです。
慣れたコミュニティの中は、とても居心地が良いはずです。
特定のコミュニティに属していることがアイデンティティになっている人も多いと思います。

でも、あなたがいつもそこに居続けたとしたら、貴重な経験を逃してしまうかもしれません。

新たな人とつながり、新たな「気づき」を得るという経験です。

あなたに興味がある人がいたとしても、仲良しの友人とあなたの間に割って入るのは気が引けますし、新たなコミュニティに参加するのは勇気がいるものです。
あなたがもし、閉鎖的なコミュニティに属しているとしたら、新しい人を受け入れるかどうか周囲の顔色を伺いながらになってしまうので、レスポンスが遅くなるなどして相手に違和感を与えてしまうでしょう。

あなたにとって大切となりうる人、有益となりうる人を、知らないうちに遠ざけてしまっているかもしれません。

時には一人になって、スキを作ってみるのも楽しいものです。

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